一ノ刻 迷い込んだ闇の村
…夜なのだろうか。
辺り一面には深い霧がかかり、かなり見通しが悪い。
森で迷ったあたしとお姉ちゃんは、ついさっき、この奇妙な場所に辿り着いた。
繭「みお……脚が痛いの…。
澪「森ン中紅い蝶追いかけて全力疾走した馬鹿誰よ。
繭「澪…冷たい………暖めて!!
そう言って、幽霊のようにふわりとあたしに掴み掛かって来たお姉ちゃんを紙一重で避ける。
そのまま重力という物に従って、地面に顔から突っ伏したお姉ちゃんが目の前の霧を裂いたおかげで、
少しではあるが辺りが見えるようになった。
澪「……あれは…村……?
霧の向こうに何軒かの家の屋根が見える。木造の、古い家屋であるのが分かる。
澪「…人が住んでるかも……。休ませてもらえるかな…。
村に向かって歩き出したあたしの脚に何かが絡み付いて、あたしも顔から地面にバフッと行った。
繭「…置いてかないで…澪……もう…置いてかないで……。
お姉ちゃんの速度に合わせてゆっくりと村へ近づいて行く。
さっきの場所はかなりの高台だったようで、下り坂になっている。
村のあちこちには地蔵が置かれ、その地蔵には双子の絵のようなものが描かれている。
繭「…双子様…大歓迎かな……?
澪「そうじゃあないと…思うんだけど……。
村に入ってすぐの、大きな屋敷を通りかかった時、屋敷の中で灯かりが移動した。
繭「…誰か…居るのかな……?
お姉ちゃんが心配そうに、あたしの肩に手を掛ける。
澪「……うん…。
その手にあたしの手を重ねた横を、お姉ちゃんが通り過ぎて行く。
澪「!?
慌てて振り返るが誰も居ない。さっきまで確かに肩に乗っていたあの手も。
ただあの感触だけがハッキリと残っているだけだった。
繭「……みお?
玄関の扉に手を掛けたお姉ちゃんが頭に?を浮かべてこっちを見ている。
澪「…う……うん…。
気味の悪い考えを振り払って、扉を開け、あたし達はその「逢坂」という名のお屋敷に入って行った。
屋敷の中は耳が痛くなるような静かさだった。外とはまた別世界。
繭「澪…怖い……。
さり気なくあたしに触ろうと努力してくるお姉ちゃんの手を払いながら、入ってすぐの扉を開ける。
澪「うわぁ……。
大きな囲炉裏の部屋。あたし達の家ではもうこんな立派な囲炉裏なんて無いだろう。
繭「………。
しかし、ここには人の気配は無かった。さっき家の前で見たあの明かりは……?
澪「…奥に行ってみよっか?
お姉ちゃんを振り返って見ると、何だか様子が変だった。
震えている。小刻みに。その目もいつもと違う。
澪「…お姉ちゃん!?
あたしが近寄ると、がっしりと腕を掴まれた。
繭「…もうダメ…澪……。
澪「また幽霊!?何か変な物でも見えるの!?
お姉ちゃんはあたしの腕を更に引っ張った。
繭「澪…ここ…ここ最近ほら姉妹の愛のスキンシップってやってないでしょ?…あたしもう限界………
言い終らないうちに、その腕を振り払って、あたしは囲炉裏の間に逃げた。
澪「も…もういい加減にしてよね、お姉ちゃん!この非常時に……ッ!
繭「…待って……澪……。
本当に幽霊と間違うようなゆらりとした動作で、お姉ちゃんが追って来る。
澪「怖い!ちょっとお姉ちゃんマジ怖い!!
あたしはパニックになって、方向を変えて今入って来た扉の隣にある扉に手を掛けた。
そこは着物の間だった。色取りどりの着物が壁に掛かっている。
内側から用心棒を立てて、扉をしっかりと塞いだ。
間もなくして、扉が叩かれて揺れる。
繭「ねぇ…澪……みお………
あたしも体でガッチリと扉を押さえる。あたし達の力くらいでは、この扉を壊すような事は出来ない。
繭「…また……私を置いて行くの……?
澪「置いてくとかじゃなくて少し落ち着………
その時あたしが見たものは、お姉ちゃんの手だった。
扉は開いていない。壊されてもいない。
ただあたしの顔の横にまで伸びて来たお姉ちゃんの手。
繭「……一緒に…いよ?
澪「貴方の知らない世界いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
あたしは扉から弾かれる様に離れ、奥の納戸の方へ逃げた。
納戸にはいくつもの着物を仕舞う箱が積み重ねられていた。
その内の一つに、少し開いた箱があった。あたしはその箱に飛び込んだ。
逢坂「ぐあッ!
…先客が居た。髪の長い老婆があたしの下で潰されていた。
逢坂「何やってンだい、アンタ!ここはあたしの寝床だよ!出てっとくれ!
澪「いいから静かにして!非常時なのよ!!
逢坂「この何時でも非常時の村で何が非常時………
澪「…来たッ!
やはり扉の開く音がしないのに、お姉ちゃんの足音だけが着物の間に入って来た。
繭「……澪…?
あたしはお婆さんを押さえつけてその様子をうかがっていた。
足音がゆっくりとこっちに向かって来る。ハッキリ言って生きた心地がしなかった。
あれはお姉ちゃんだけどお姉ちゃんじゃない。意味が分からないけど、直感がそう言っていた。
繭「……居ない…澪………何処……?
足音は納戸の手前で止まり、そして外に面した壁の方へ向かって行くと、そのまま消えた。
逢坂「……もういいんじゃないのかい。どいとくれ。
澪「ああもう…死ぬかと思った……わ?
着物の箱から出て、中に居るそのお婆さんを見ると、脚の辺りが無かった。
膝から下辺りが、着物ごと見当たらない。
いや、よく見ると着物の箱の向こうが透けて見えている。
澪「………!!!!?
あたしは今日まで生きて来て、最高の、そして最大の驚きをこの人から頂いた。
老婆は体を軋ませながら、箱から這いずる様に出て来た。もうあたしは声も出なかった。
外に出た老婆は、その長い髪の隙間からギラリと光る紅い目で、あたしを見た。
逃げたいんだけど…その…何て言うか……腰が抜けちゃって無理。
逢坂「……八重。…その顔は…八重かい……?
澪「…………やえ?
Copyright (C) 闇薙帝夜(やみなぎ ていや) 2003