十九ノ刻 美也子さん
澪「参ったわね。これは……。
あたしは射影機を取り出して色々眺めていた。
フィルムを入れる場所は分かったが、肝心のフィルムが無い。
このままでは黒澤家に殴り込んでも、返り討ちが目に見えている。
いやいや、それどころか今この時点からお姉ちゃんに遭遇するとかなりやばい。
あたしはしばらく考えた末、一番頼りになる人の許へ向かった。
逢坂「……フィルムねぇ。ちょっとすぐには分からないねぇ…。
おばあちゃんに千歳を預けて、遊んでもらっている間、
あたしは取りあえず逢坂家の中を調べて回った。
開き難い箱を頑張って開けると、凄く上物の着物が仕舞われていた。
箪笥の中には日常使う小物が。
押入れの中には人形や、家具。布団が。
澪「ちょっと奥の方失礼するね。
逢坂「ゆっくりしてお行き。
暖簾をくぐって、奥の方へ向かう。一番奥は通称お茶の間だ。
奥の間の扉を開けると、少し冷たい空気が中庭から入って来た。
澪「…?
奥の間の縁先に誰か座っていた。
この家はおばあちゃん独りの筈だし、今まで家の中で他の人を見た事は無い。
ゆっくりと火鉢を避けて、その人に近付くと、いきなり飛び付いて来た。
美也子「真澄さあんッ!!
澪「わあああぁ!?
あたしはその人に押し倒された。
美也子「やっと…やっと帰って来てくれたのね!!
澪「いや…あの……。
やがて体が柔らかいのに気が付いたか、女の人は動きを止める。
美也子「あ…あれ?
澪「…人違いです。
美也子「…ごめんなさいねぇ……。てっきり真澄さんかと………
あたし達は火鉢に火を入れて部屋を暖めていた。
澪「誰なんです?貴女。さっきまでここには誰も居なかった筈なんだけど…。
美也子「ええ、さっき逢坂の御婆様に入れていただいたところなのよ。
澪「それで真澄さんて誰です?
美也子「私の恋人さん。でも…もう大分長い間帰って来ないのよねぇ……。
澪「…もしかしてお二人、この村に迷い込んだ?
美也子「ええ…。そうなるわねぇ……。
同じ境遇の人だ。
あたしは美也子さんに、ほんわか親近感を覚えた。
澪「すいません。この写真機に合うフィルム持ってませんか?
美也子「あら、ずいぶんと古い型ねぇ。
美也子さんは射影機をしばらく眺めていたが、首を横に振った。
美也子「ダメね。これ何か特殊な写真機でしょう?普通のフィルムは使えないみたい。
澪「そうなんですか……。
美也子さんが射影機を調べてる間、あたしはその辺の箪笥とか座布団の下とか調べていた。
澪「それじゃ、やや急ぎなんで失礼しますね。
美也子「ええ。
あたしは美也子さんと別れると、奥の間を後にした。
囲炉裏の間に戻って来たあたしに逢坂さんが声をかけた。
逢坂「ああ、言うの忘れとったが………
澪「もう会って来ましたよ。
逢坂「おお、そうかい。最近歳のせいか………
澪「千歳ちゃん、お兄ちゃんのトコ行くけど憑いて来る?
千歳「行く行く!!
千歳は大喜びで走って来た。
逢坂家から出ると、かなり寒い。
さっきまでずっと外に居たのに、一旦屋敷に入ると外が寒く感じられる。
あたし達は樹月の居る蔵へ向かった。
途中、槌原家で、また縁先に座って遠い目をしている槌原さんに会った。
槌原「…また春が来るのねぇ……。お茶の美味しい季節が………。
前を通り過ぎても、挨拶しても一向に反応が無い。
何だからしばらく彼女の世界に行かせておいてあげよう。
蔵の小さな扉をくぐり、蔵の裏側へ入る。
中に入ると、蔵の壁を背にして眠っている樹月を発見した。
周りに紅い蝶が何匹か舞っている。
澪「………。
見てる内にあたしの心臓の音が大きく、速くなってきた。
澪「千歳ちゃん。お兄ちゃんオトコのコだよね?
千歳「そうだよ?お兄ちゃんだよ?
しかし今眠ってるその顔を見てると、本当にどっちだか分からない。
しかも、その銀の髪というオマケで、かなり綺麗な顔立ちが更に綺麗に見える。
千歳「みお、お兄ちゃんの事好きなの?
澪「たった今好きになりました。物凄く。
千歳「チャンスだよ。
澪「何の。
千歳「お兄ちゃん無防備だね。
澪「恐ろしい発言をして誘うな、妹。
村から出る時は千歳ちゃんと樹月君は絶対に連れて行こう。
それにしても立花の人間はどうしてこうも人を魅惑する顔立ちをしているのだろうか。
あたしがちょっと良からぬ妄想をしている間に、千歳が寝ている樹月に飛び掛った。
Copyright (C) 闇薙帝夜(やみなぎ ていや) 2003